[ルポルタージュ2007]西南大セクハラ 加害者も過剰保護
◆「学生のプライバシー保護」一点張り
学校現場で横行、不祥事隠しの恐れ
個人情報保護法の全面施行以来、法の趣旨をはき違えたような「社会の匿名化」が進んでいる。
特にセクシュアルハラスメント(性的嫌がらせ)に関しては「被害者のプライバシー保護」を強調するあまり、加害者もが過剰に保護されるケースが少なくない。
昨年12月に発覚した西南学院大学(福岡市早良区)の男性教授による女子学生へのセクハラ行為で、事実関係をほとんど明らかにしなかった大学の対応は、検証が必要な事例といえる。
■性別さえ拒む
報道陣「セクハラとは具体的に何があったのか」
村上隆太・西南学院大学長(当時)「申し上げられない。学生(の特定)につながっていく恐れがある」
報道陣「行為の内容を明らかにするだけで、なぜ学生の特定にいたるのか」
12月8日午後、同大学の会議室。
会見で村上学長は「申し上げられない」と繰り返すばかりだった。
会見の前日、同大学のホームページに「教員の懲戒について」と題した文章が掲載された。
大学は「学生に対する教員のセクハラ行為があった」と発表したものの、行為の中身をはじめ教員の所属学部や役職、当事者の性別さえ明らかにしていなかった。
会見は報道機関の求めに応じて急きょ開かれたもの。
しかし、学長は約40分間、「プライバシー保護」を理由に事実関係の説明を拒み続けた。
■取材の障壁
学校現場で起きたセクハラ問題に関する取材では、しばしば「プライバシー保護」という言葉が壁となる。
2005年10月に本紙が特報した、福岡県立水産高校(福津市)の実習船内で男性技師が女子生徒に抱きつこうとしたケースもそうだった。
報道前に県教委幹部に取材したが、「生徒のプライバシー保護のため」となかなか事実を明かそうとしなかった。
ただ、その時はこちらが事前に詳細な情報をつかんでいたため、この幹部に情報の正誤を確認する形で事実関係を把握することができた。
■教授会でも伏せる
西南学院大では何が起こったのか。
会見直後、記者は同大学の教員の研究室を訪ねたり、電話を入れたりして、大学関係者への接触を試みた。
電話取材に応じたある教授は「だれがどのような行為をしたのか、私たちにも知らされていない」と話した。
問題発覚後に開かれた教授会でも、教員の所属学部や名前は明かされなかったという。
記者が約10人の関係者から直接聞き取ったり、電話で話を聞いたりした結果、「男性教授」が「女子学生」に対して「メールを複数回送る」などの行為があった--という証言は得られた。
ただ、証言の真偽に関して大学側に改めて取材しても、「答えられない」の一点張りだった。
「自分の名前を出さないなら」と電話取材に応じたある教授は「被害に遭った学生は大学に訴え出る際、弁護士を伴っていた。これに大学が過剰反応したのではないか」と受話器越しに声をひそめた。
会見から数日後、再び同大学を訪ねた。
企画広報課の平山崇課長補佐は「隠ぺいだと受け取られかねないリスクがあっても、学生を守るためにこういう形になった」と釈明しつつ、「学生側が『行為内容などについても一切公表しないでほしい』と要望した」とし、「今回はあくまで特殊な例」と強調した。
被害者のプライバシー保護は最優先されるべきだが、今回のケースでは、教員の役職や当事者の性別を公表しても、約7900人の学生を抱える同大学でただちに「個人の特定につながる」と言えるかどうか。
詳細を公表できない事情があるなら、きちんと説明しなければ、かえって大学側の真意について疑心暗鬼を生む可能性がある。
■九大も「非公表ある」
ほかの大学ではどのように対処するのか。1998年に国立大で初めてセクハラなどの対策委員会を設けた九州大を改めて訪ねた。
同大学では2004年、女子学生へのセクハラ行為で、50歳代の教授2人が諭旨解雇と停職3か月の懲戒処分を受けた。
その際、大学は行為の中身や教授の所属、年齢などを公表した。
今回、福岡市東区の箱崎キャンパスで、竹本京司・広報係長は「セクハラ行為があれば、原則として事案の概要、処分の重さ、加害教員の所属や役職を公表します」と明言した。
しかし、「被害者側から『一切非公表』の要請があったら」と尋ねると、「やはり学生のプライバシーを最重視する。西南のように非公表もあり得ますね」と考え込んでしまった。
■「みんなを疑う」
西南学院大の構内で文学部掲示板を眺めていた3年の女子学生(21)に、今回のセクハラ問題に対する感想を聞いた。
女子学生は「情報を隠されると、『あの先生では』『この先生は大丈夫かな』とみんなを疑ってしまう」と戸惑いの表情を見せた。
事実を公表しないことが学生の不安を増幅したといえる。
社会の匿名化が進めば、いずれは不祥事自体が隠ぺいされる危険性をはらむ。
「個人情報だから」という言葉は、安易に許すべきではないと強く感じた。(浦郷明生)
〈個人情報保護法〉
2005年4月に全面施行。行政機関や民間企業を対象に個人情報の悪用を防ぎ、適切な取り扱いを義務付けた。しかし、法の趣旨に対する誤解や拡大解釈により、事故など緊急時に病院が家族や警察の問い合わせに応じなかったり、地方自治体で高齢者や障害者ら「災害弱者」の名簿作りが進まなかったりといった弊害も生じている。 [読売新聞] (2007年1月10日)
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